No country for Japanese basketball(バスケの無い国)
昨日、JBLファイナル第4戦観戦前に東京日比谷でコーエン兄弟監督の『ノーカントリー(原題 No Country for Old Men)』を観た。
血と暴力の飛び交う殺伐とした映画ながら、劇場は高齢者が多く、私も平均年齢を押上げる一因(一員?)となっていた。
原題にもある通り、ノーカントリーの後にはオールドマン(老いたる者)という文字がある。
「老いたる者の国は存在しない」
これはアメリカのことを表す。非日常的な暴力が日常的に行われるアメリカで、もはや老人には住む(生きる)場所など存在しないのだと。
そんな陰鬱な気分を引き摺りながら、JBLファイナルを観戦したのだが、そこには日本人選手のいないバスケが存在していた。
アイシンの得点の77%はバンクラ、メイ、桜木によるもの。トヨタも62%はオバノン、キャンベル、高橋の3選手が稼ぎ出している。
ここで外国籍の選手を排除して、純血主義を!というアナクロな発想を論じたい訳ではない。
どうすれば日本人選手の決定力が底上げされるのかが知りたいのだ。
ドイツのDノビツキーやスペインのPガソル、ブラジルのオスカー・シュミットのように大型で驚異的な得点力を持つ選手が突然変異的に出現すれば、その人一人の力で五輪出場を果すことも夢ではないが、日本でそんな事が起こる可能性は殆どない。
PG、SG、SFの3ポジションで得点の65%近くを取れるチームを目指して欲しい訳だが、キャンベルをはね飛ばすパワーとスピードのあるPGも、バンクラのペネトレイトを上回るG/Fも、オバノンの決定力を超えるSFも存在しない。
コートでの出場時間や登録選手数を制限さえすれば、この問題が解決される訳ではない。多くの人がそのことを知っている筈なのに、オンザコートの議論のみで解決を図ろうとする日本のバスケ界の現状。
5500円という高額のチケットを購入しても座席すら選ぶ事が出来ず(最近の映画館では1800円で観たい座席が選べるというのに)、観客も僅かしか入っていない(平日だから興行的に難しいという批判は受け付けない。同じに行われた東京ドームの大リーグ開幕戦は5万人近い人を集めているではないか)JBLのファイナル第4戦を見ながら、私はこんな事を考えていた・・・。
2 コメント:
私はbjの仙台を応援している者ですが、JBLのオンザコートの縛りがよくわかりません。
保護された状態で日本人選手の成長を促すとは思えませんし、競争に打ち勝つ選手が出てこない限り無理じゃないですか?
実際、bjはだんだんゲームを支配できる日本人選手が出てきましたからね。
>miyaさん
はじめまして。
仙台の1位通過おめでとうございます。
>>JBLのオンザコートの縛りがよくわかりません。
私もよく判っていません。
元々2008年からオンザコート1採用を決めていたようですけど・・・。
>>競争に打ち勝つ選手が出てこない限り無理じゃないですか?
そうですね。日本人選手の人材不足というのもありますが、大型の選手で高い競争意識をもっている、または海外でのプレーを視野に入れている人って、どれくらいいるのだろう?とよく思う事があります。
bjやJBLは本来、興行(プロという言葉を使いたくない人もいるようですので、あえて興行と言いますが)なので、育てるという考えは間違っていると個人的には思っています。
『勝つ』ことがチームにとっての使命であり、基礎(技術、体力含む)は本来、その前の大学や高校で身に付けて欲しい訳ですけど、高校⇒大学⇒JBL、bjという縦の線が上手く繋がっていなくてモドカシイです。(国の強化策とも言いますけど)
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